牧師挨拶 石川剛士

こんにちは。石川剛士(いしかわこうじ)と申します。

簡単にプロフィールを話させて頂きます。1980年2月生まれ、埼玉の家庭に生まれ育ちました。

大学生のころに信仰を持ち、大学卒業後は札幌で建設業の営業職を3年、東京で事務職を2年、埼玉で3年勤めました。札幌で仕事をしていた時、出張中に猛吹雪にあい、視界が1mまでしか見えず、死を意識しました。自分の命は生かされていることを意識させられた出来事でした。

退職後、関西聖書神学校に入学しました。神学校では、3年間の座学と1年間のインターンがあり、特に旧約聖書の面白さを知りました。インターンでは、とある教会で先生と寝食を共にして学ばせていただきました。先生の「頭で聞くな、心で聞け」という言葉がとても印象に残っています。

今はいろいろな人の話を聞く機会がありますが、心で聞くように心がけています。

好きな食べ物はラーメン、最近は胃もたれのため濃厚なものは控えています。苦手な食べ物はセロリとコーヒーです。趣味はサッカー、ウクレレです。ウクレレはコード引きくらいの素人です。

最近読んだ本は「LGBTと聖書の福音」、最近見た映画は「天気の子」です。ミニウサギを飼っています。名前はラビーちゃんです。どうぞ会いに来てください。

救いの証し

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おはようございます。石川剛士(いしかわこうじ)と申します。漢字もありますが、読みずらいので平仮名で「こうじ」と覚えていただければ幸いです。先週3月24日火曜日に、順子先生と結婚式をあげ、木曜日にこちらに来ました。まだ荷物も片付かない中にありますが、まず那覇平安教会の皆様と礼拝をご一緒できることをうれしく思います。今日は自己紹介も兼ねまして、救いの証をさせていただきます。

 生まれは埼玉県川口市というところです。昭和55年2月生まれです。生まれたときから3Cカラーテレビ、クーラー、車もあり生活には困ることはありませんでした。一般に無宗教といわれる普通の家庭に育って、宗教にはマイナスのイメージしかもっていませんでした。

 初めて宗教というものに関わったのが、大学時代に入った統一協会でした。国際交流のサークルという名目で誘いをかけてきて、実は勧誘活動や訪問販売をしていました。統一協会は宗教というより、今でいうブラック企業に近いと思ってください。訪問販売では、霊感商法が問題になりました。私自身は3枚2千円のテーブルを拭くふきんを売っていました。障がい者の方が一生懸命袋づめしてくれたこのふきんを、ぜひ協力してあげてください。ほとんどの家では門前払いですが、時々聞いてくれる人がいても「いくら」「にこにこにっこり2千円です」そういうと、「いらない。いらない」そう追い返されます。

 最初は絶対売れないと思うのですが、何十件、何百件とひたすらまわりつづけるうちに、買ってくれる人が現れます。ちなみになぜ訪問販売をするかというと、統一協会の教えで、この地上に天国をつくるというものがあります。地上に天国をつくるためにはお金がいります。それでお金をたくさんかせごうというおしえになります。一日10万円うれば表彰されます。教えの中には「実績のない自由はない」とう言葉がありますが、ある目標を達成するまで、やり続けます。その目標を達成することが「救い」だという教えです。

 もちろん最初はすごい違和感があります。このふきんをだますように売ることで、どうして天国ができるんだろう。良心、良い心が「これでいいのか」ちくりと痛みます。でもだんだんマヒしてきます。そもそも、なぜ統一協会にそんなにはまるのかという話ですが、それは熱心さでした。当時の私の周りの人たちはみんな冷めていました。がんばったってたかがしれている。自分がいま楽しければいいんだ。そういう人たちと比べて、統一協会の人は、なんか熱心でした。間違っているのですが、一生懸命やっている。そこに魅力を感じていました。

活動の異常さに、教会の協力のもと両親の救出活動が始まりました。活動を続けて3年目に、両親と親戚一同とが説得のため私を捕まえ、説得するためマンションに車で向かいました。その時私は走っている車から飛び降りて逃げてしまいました。

 後で両親に電話すると、父からは活動を続けるなら、縁を切るといわれ、母はただ泣いておりました。私は自分が世のため人のためと思ってやっているのに、なぜ理解されないのかとても悩みましたが、帰る場所がなくなったと思い活動にさらにのめりこみ続けていました。両親があきらめずに救出活動を続けてくれたおかげで、1年後再び捕えられ今度は逃げられないように父と縄でつながれ、マンションで一か月ほど説得を受けました。その中でふっと統一協会の間違いがわかり、やめる決心をしました。

 ただやめる決心をしたといっても、4年間ほど活動にどっぷりつかっていたので、友人関係もきれてしまい、大きな目標を失った私には、これといってやりたいこともありませんでした。糸の切れた凧のような感じです。それで説得してくださった方の勧めもあり、教会へ通うようになりました。

 教会で最初に受けた印象はあまり良いものではありませんでした。都会の教会でもありましたが、人間関係がドライに感じました。統一協会がべたべたしすぎているかもしれません。あと教えていることがわたしには難しすぎました。統一教会の教えの方がわかりやすいです。礼拝の説教がわかりませんでした。

 ただ他に行くところもないので、出席していますと「神は愛だ」このことだけは心にとどまりました。「そうか神は愛か。じゃあ私のこのめちゃくちゃな人生は何なんだ」「もし神が愛であるなら、証拠を見せてほしい。むしろ見せてみろ」という心の叫びがありました。神様はあるときの礼拝で、確かに私の叫びを聞いてくださいました。

 もう説教の内容は覚えていませんが、ある時の牧師先生のメッセージが、私のためだけに語られているように感じました。他にもたくさん人はいるのに、このメッセージは私のためだけに語られている。そしてキリスト教は本物なのか。「宗教にはこれ以上深入りしない方がいい」そういう人の意見もある中で、疑う私に「これは本物だ」という小さな声を聞きました。

 小さな声ではありますが、確かな声でした「これは本物だ」今から思えば聖霊の導きでした。その出来事を通して、わたしは一生懸命頑張らなくても、むしろ頑張りすぎてボロボロになってしまったこの私を、神様はありのままで愛してくれている。そのことが神の愛なんだとわかりました。若かったので勢いで、洗礼を受ける決心をしました。救いのみことばです。

 「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」ヨハネによる福音書3章16節

 

私が教会に行くようになったきっかけ

那覇平安教会 普久原星二

「真理をより知ること・平安に生きる」

神様との出会い

 私は現在56歳となる者です。私は牧師家庭の中に生まれました。したがって、それこそ神様との出会いは、生まれるずっと前からのことであったでしょう。しかし私が神様を認識し始めたのは、食前の感謝の祈りを理解できるようになり、日曜学校の幼稚科の分級で話が聞けるようになってからだと思います。

 罪と悔い改めを意識したのは、小学3年で初めて参加したバイブルキャンプでした。 罪については、それまでも、またしばらくの間も、道徳的に悪いことという認識だったと思います。「神様への和解の方法がイエス様の十字架であるということを信じること」、それは神様からの一方的な贈り物であることに疑いは持っていませんでしたから、中学2年のクリスマスに洗礼を受けました。しかしそれは私にとって、生活の単なる通過点であり、新たな喜びにあふれるような事柄ではありませんでした。

 しかし私はその一方で、神様に喜ばれる生活をしたいと思っていましたし、これ(十字架)は真理だと思っていました。また自分自身の中では神様中心に歩んでいましたし、神様中心に歩む者は律法を守る人だと思っていました(間違いではありません)。さらに多くを神様に委ねて歩んでいましたので、私の小さな人生の中で起こった試練らしき事柄も、何度かありましたが、神様ゆえに心穏やかにやり過ごすことができたよう思います。

より真理に

 このような信仰生活をしてきた者でありますが、2回目の転職をしようとしていた時期とそれは重なります。それは40歳台前半の頃のことですが、私は、神様によるイエス様の十字架のことはもちろん信じていました。しかし、それまでも、自分の内なるものの未熟さと聖さのなさに悩み、礼拝時の司式や献金感謝の祈りの時に、はたして自分はこのままで天国に行けるのだろうかとの不安から、いつも悔い改めの祈りと贖いを願う祈りを献げていました。するとある時、当時まだ健在だった父が私を片隅に呼び、私のこの祈りのことについて、上を見上げながら、親指を上に向けたのです。そして天を見仰げなさいといった意味のことを話したのです。この時は父の言わんとしていることが、私にははっきりとは理解できませんでした。

  この2回目の転職時、準備期間としてのブランクが9ヶ月程あったのですが、この時、個人的にパウロ書簡・ローマ人への手紙を学ぶ機会が与えられました。その中で示されたのは、神様は何を人に求めておられるのかということでした。そしてそれは、神様は行い(律法)を求めておられるように見えて、真に求めておられるのは「心」であるということです。それは律法の神髄を示した聖書の箇所『心をつくし、精神をつくし、思いをつくして、主なるあなたの神を愛せよ』(マタイ22:37)からも見て取れます。聖書は一貫してそのことを語っているように思られます。あのアブラハムやダビデを神様はどのように見ておられたのでしょうか。2人は律法的にも、道徳的にも、決して全き人ではありませんでした。しかし、神様は最後までアブラハムを信仰の父として、ダビデを最も信仰深き王として愛し、聖書にそのことを書き記しています。一方、エレミヤ時代のイスラエルとユダの民はどうであったでしょうか。神様からの嫌悪を一身に受けています。この両者の違いはどこにあるのでしょうか。やはり「心」にあるのではないかと私は思います。アブラハム、ダビデはどんな時においても神様を自分の神とし、時に人間的弱さを見せるにせよ、神中心に自分の生活・人生を捉えていたのだと思います。反面、エレミヤ時代のイスラエルとユダの民は、神様を自分の神とせず、生活・人生の中心は自分すなわち他の神であって、偶像礼拝に明け暮れていたのです。新約の今の時代の理解から見れば、両者の違いは、霊に属する(神中心に人生を捉える)か、肉に属する(神なし(自分・他の神中心)に人生を捉える)かの違いです。人はこの2者のどちらかにしか属し得ません。

人の心が霊・肉どちらにあるか、あるいは向いているのかが重要なのです。また、それは行い等によって、ある時は霊に属し、ある時は肉に属するといったものでもありません。人がたとえどんな状態、状況にあろうと「心」が神様にある者は、アブラハム、ダビデがそうであったように霊に属する人なのです。アブラハムが信じた約束(神様から与えられたもの)・信仰は、今の時代で言えば、神様からのイエス様による十字架の業です。それが自分の為であったと信じること、それにより永遠のいのちが備えられ、新しいいのちに入れられ霊に属する者となったと信じることです。それが信仰です。 

絶えない、さらなる喜び、真の平安

 なんと幸いなことでしょう、神様を知って覚える者、十字架に希望を置く者は霊に属する者となり、イエス様を長子に父なる神の家族に入れられているのです。今は、私もその信仰に立たせていただき、永遠のいのちに入れられていることに全く何の疑いも持っていません。全き平安をもって過ごさせて頂いています。この救いの業を備えられた神様を見仰あげる時に感謝と感動を覚えずにはおられません。一人でも多くに方にこの平安を味わって頂きたいと切に願っております。

 父が私を片隅に呼び言いたかったことは、まさにこのことだったのだと今は理解しています。

『こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。なぜなら、キリスト・イエスにあるいのちの御霊の法則は、罪と死との法則からあなたを解放したからである。』(ローマ人への手紙8:1、2)